夕方過ぎのこと。勇太が二階から下りてくると、テレビに見入っているすみれの姿があった。どうやら、ドラマを見ているらしい。

 気になって勇太はすみれの真後ろに座ったが、なおもすみれは熱心に画面にくぎ付けになっている。

 どうやらラブストーリーのようで、ちょうど本編の山場らしく、ヒロインとその相手役が向き合っている場面だった。それにしてもベタなストーリーで、くさい内容である。
「なんだすみれ、お前こんな…」
「しっ! 静かにしてよ。今いいとこなのに…」
 この内容には思わず勇太も苦笑いをしてしまったが、すみれは一秒たりとも画面から目を離そうとはせず、小声で勇太に言った。

「あたし…、あたし、…さんと別れたくないの!」
 抑揚を上げるドラマのヒロインを、恋人は勢いよく抱きしめた。しばらくして彼女からそっと離れると、見つめ合った二人はゆっくりと顔を近づけていく。

 テーブルに頬杖をついている勇太は、すみれの顔をちら、と見やる。すみれはドラマのヒロインよろしく、目を輝かせていた。
 口づけを交わす二人を映したまま、画面はフェードアウトしていった。やっと終わったか、とでも言うかのように、あきれたようにため息をつく勇太。
「はぁーあ、くだらねぇ。すみれー、お前こんなの見て面白いかぁ?」
「うるさいわねっ! お兄ちゃんみたいなロマンチストのかけらもない人に、あのドラマの良さがわかるわけないでしょ!」
「わかりたくもねえよ! 何がロマンチストだよ。どうせお前、あの二人みたいに高木さんと…なんて考えてただけだろー?」

 思わず、すみれは言葉を詰まらせて赤くなってしまった。勇太の言うことは、あながち間違いではなかったのだから。
「ははぁー、その顔は図星だな? でもよぉ、すみれ。残念だったな、お前もう、キスならとっくに済ましちまってるんだぜ」
「どっ、どういうことよ!?」
 意味がわからず、戸惑うそのすみれの姿に、勇太は勝ち誇ったように笑っていた。
「忘れたのか? ほら、お前がまだ幼稚園児だったとき。犬に咬まれそうになったのをオレが助けてやったじゃないか。そしたらお前、『お兄ちゃん大好き』って…」
「そっ、そんな昔のこと覚えてないわよ! お兄ちゃんが勝手に作ったんじゃないの?!」
 勇太が言い終わらないうちに、すみれは否定する。そんな話を信じたくもない、という気持ちもあったからだった。
「いいや! 確かに『お兄ちゃん大好き』って…」
「してません!!」
 両者、一歩も譲らない口論を続けているすみれと勇太。ただいま、と勇造が帰って来たのにも、まったく気が付いていない。

「二人とも、ケンカはやめなさい。表まで聞こえてるぞ」
 勇造は居間に現れるなり、すみれと勇太をたしなめた。するとすみれは、味方が現れたとばかりに勇造にすがり付いた。
「お父さん聞いてよ! お兄ちゃんが…」
「勇太、お前いい歳して、まだすみれをいじめたりして恥ずかしくないのか?」
 ろくに話も聞かずに勝手にそう決めつけられ、勇太はふて腐れて嫌な顔をする。
「誰がいじめるかよ。すみれの奴が、オレとキスしたって…」
「お兄ちゃんっ!」
 父の前でそんな話を、ましてや勇太が相手とくればなおさら恥ずかしい。すみれはけたたましい声で、勇太の言葉を遮った。

 この様子だと、どうやらいつものしょうもない口論のようだ。そう察した勇造は、しょうがないなぁと言わんばかりに表情を緩ませた。
「ハハハ…、何だ、そんなことだったのか」
「そんなことじゃないわよぉ…。もう、お父さんまでひどーい!」
「そんなに気にすることじゃないだろう。すみれがまだ本当に小さいとき、『お父さんだーい好き!』って、よくキスしてくれたじゃないか」
「えーっ!?」

 口を歪ませて不満をあらわにするすみれ。勇造なら自分の味方になってくれると信じていたすみれにとって、朗らかながらも勇造のそのひと言は、すみれを打ちのめすには十分だった。
 そんなすみれに、勇太は大変愉快そうに馬鹿笑いをした。

「ふはははは! すみれー、お前ってキス魔だったのか。そうかあ、そうだったんだな。今度、高木に会ったら言っておいてやろうか。『すみれはキス魔だから気を付けたほうがいいぞー』って」
「もう…! お兄ちゃんなんか大っ嫌ーいっ!!」
 今にも泣き出しそうな顔で、すみれはわめき散らすのだった。




2012/04/28






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