「お兄ちゃーん! 起きなさーい!」
 声をかけながら、すみれはコンコンコン! とテンポ良く勇太の部屋の戸をノックしていた。

「お兄ちゃん!」
 せわしなく戸をノックする音と、すみれの声でさすがに目を覚ました勇太は、布団に潜ったまま腕を伸ばして、枕元の目覚まし時計を掴んで、布団の中に引き入れた。

 時刻はまだ7時になったばかり。出かけるまでにはまだ時間があるのだから、もう少し寝かせてほしいところである。

「うるせぇなぁ… あと10分寝かせてくれよ…」
 けだるそうに、勇太はあくびをする。
「何言ってるの。目覚ましで起きたことなんてないくせに。入るわよ」
 そんな勇太に業を煮やしたすみれは、返事も待たずに勇太の部屋へ上がり込んだ。

「もう…、早く起きないと、ご飯冷めちゃうでしょ?」
 すみれは、勇太の寝ている布団をめくり、その足で、空気を入れ替えようと窓へ向かう。
「それにしても、空気悪いわねぇ…」
 カーテンをさっと開け、窓のカギに指をかけた。しばらく窓を開けていないからなのか、カギは固くなってしまっているうえ、窓を開いてみると埃が舞ってしまう有様だ。
「やだぁ…。最後に窓開けたのいつなの?」
 すみれは咳き込みながら、埃を手で払った。

 仕方なく起き上がった勇太は、あくび混じりに皮肉を込めた。
「何すんだよ…、男の部屋に勝手に入るなんて、お前って本当に女らしくないなぁ」
「お兄ちゃんに言われたくないわよ!」

「ほら、早く着替えて」
「はいはい…」
 勇太を布団の上から追い払い、まだ生温かい布団をたたもうと手をかける。
「うわぁ…、この布団もくっさいなぁ…。もうずいぶん干してないんじゃないの?」
 こんなんじゃお嫁さんももらえないわよ、と勇太のだらしなさに、あきれたため息をつくすみれ。

「ったく、朝から何だよ。空気悪いだの布団がくさいだの…」
 無理やり起こされたうえに、すみれの言うことが間違っていないとは言えど、あれやこれやと口うるさく言われ、勇太は不機嫌だった。

 こうして、もうお年頃と呼べる歳になった今でも、すみれの勇太に対するおせっかいは相変わらずだ。

 しかし口では反発していながら、自分はいつまでもそんなすみれに甘えてしまっているのかもしれない。

 だけどそれを認めてしまうのは、何だか癪じゃないか。

 あわただしく動き回っているすみれの姿を見つめながら、勇太はしみじみとそう思っていた。

「お布団は干すから持って行くね…」
 勇太の布団一式を持ち上げたすみれは、「キャッ!」と悲鳴を上げ、慌てて勇太の部屋を飛び出して素早く戸を閉めた。
 さきほどすみれに言われたように、勇太は着替えをしている最中だったのだ。

「お兄ちゃんのバカ! まだあたしがいるじゃないの!」
 扉越しに、勇太に抗議をするすみれ。
「お前が『着替えて』って言ったから着替えてたんだろ!」
「そっ、そうかもしれないけどね……。あーん……、お兄ちゃんのせいでお嫁に行けなくなっちゃうー…」
「ヘッ、お前みたいなブス、元から誰も嫁にもらってなんてくれねぇよ!」
「ひどーい! お兄ちゃんなんてもう知らないから!」
 わめき散らすと、すみれはそのままパタパタと廊下を走り、階下へ下りていった。

 すみれがいなくなったことで、なぜだか急に静かになったように感じられた。

「あいつがいなくなったら、ずっとこんなふうに静かになっちまうのかな…」
 すみれがよその誰かと結婚して、この家から出て行ってしまうくらいなら、いっそのこと母の遺言どおり、自分がすみれと結婚するのがいいのかもしれない。

 つくづく、すみれは自分にとって、かけがえのない大きな存在であることに変わりはないのだなぁ…。

 ため息をついて、着替え終えた勇太は部屋を後にした。




2012/02/05






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