「お疲れ様」

 振り返ると、いつものようにあいつがいた。


 真也に合わせるように、深美も笑顔になる。そして、どこへともなく歩き始めた真也と並んだ。

「試験、どうだったの?」
「まあまあ。あんたのおかげかもね」
「もう、何言ってるのよ…」
 恥ずかしそうに笑う深美。そこで真也は、何かを考えるように目をそらして、切り出した。

「そういえばさぁ、」
「何よ?」
 急に辛気臭い態度になった真也を、深美は不思議そうに見る。
「オレたち、ちゃんと名前で呼び合ったこと、なかったじゃん?」
 深美の顔をじっと見る真也。真也と目を合わせるのがなんとなく気まずいこともあり、深美はうつむいた。

「そ、そうだよね…」
「なんて呼んだらいい? やっぱり、『深美さん』?」
「そっ、それはなんか恥ずかしいわよ…。あたしが完全に上みたいじゃない」
「上なんじゃないの?」
「そうかもしれないけどさ、なんか違うのよ。えっと、どう説明したらいいのかな…」
 腕組みをしながら、困ったような顔で考え込む深美がかわいくて、真也は微笑んだ。

「じゃあ、何て呼んで欲しいか聞かせてくれない? あんたが好きな呼び方だったら、なんでもいいよ」
「そうね…」
 しかし、いざそう言われてみると迷ってしまう。

 前述の通り、「深美さん」だと深美が目上の存在になってしまうし、かと言って「深美ちゃん」だとなんだかバランスが悪いように感じる。

 そうなるとやはり、残る呼び方は1つしかなくなってしまう。少し考えて、ためらいがちに切り出した。

「深美。深美でいいよ」
「呼び捨て?! それでいいの?」
 深美の出した結論が意外だったのか、真也は驚いたような声で言う。

「…いいわよ。それしか思い浮かばなかったんだから」
 真也の反応が気に入らず、深美はムクれる。自分で言った通り、呼び捨てしか適当な呼び方が思いつかなかったことが理由だけれども、呼び捨てにしてもいいと言ったのだから、もっと素直に喜んでもいいのではないだろうか、と思っていたのだった。

 そんなふうにムクれている深美もかわいらしいと思い、嬉しそうに笑う真也。
「オーケー。じゃあ今からあんたのこと、“深美”って呼ばせてもらうよ」
「どうぞ? ご自由に」
 なんだか照れくさくもあり、深美は真也と目を合わせずに言った。

「次、深美の番だよ」
「え? 何が?」
 真也に名前を呼ばれるのが慣れないこともあり、深美はきょとんとした顔をする。

「決まってるじゃん。深美はオレのこと、なんて呼んでくれるの?」
「やめてよ。恥ずかしいでしょ…?」
 真也に興味の視線をじっと向けられ、深美は目を合わせていられなくなり、そっぽを向いた。

 自分のほうが上だと思っていないのだから、「真也くん」とは呼びづらい。それならば、やはり答えは決まっている。前回の真也に何と呼んで欲しいか、という問題のときよりも、今回の問題のほうが、答えを出せるのが早かった。

「じゃあ、ね…。真也でどう?」
 なぜか気が引けてしまい、少したどたどしい口調で深美は言った。
「ふぅん…。呼び捨てか。いいよ?」
 深美の出した答えに、真也は満足そうに笑う。

「なんだかオレたち、これで完璧に恋人同士に見えるんじゃない?」
「もっ、もう! 何言ってるのよ」
 真也にからかわれてムキになる深美。しかし冗談交じりでも、真也は深美と名前を呼び合えるようになったことを嬉しく感じていた。気を取り直して、深美も真也に笑いかける。


「ねぇ深美、腹も減ったし、何か食べに行かない?」
「いいわよ。じゃあ、今日は真也のおごりね」
「何でそうなるんだよ…」
 とりとめのない会話を交わしながら、2人は歩いて行った。




2011/06/14






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