「もう。津村くんのせいだからね」

 浩介にそっぽを向いた洋子は、先ほどから不機嫌だ。

 映画に行こう、と浩介に誘われて映画を見に行ったまでは良かったのに。
 面白い映画だった。でも、「一緒に何か食べにでも行こうか」と楽しそうに話しながら映画館を出た瞬間、二人の顔色は一変することになった。予報外れの雨が降っていたのだ。傘をささないと濡れてしまうほどの雨だった。当然、二人とも傘は持っていない。

 すぐにやむかもしれないから、映画館の前でしばらく雨宿りをしよう、と洋子は言った。しかし浩介は空腹らしく、走って近場の店に入ろうと言い出して、雨の中へ走って行った。そこで洋子は浩介を追いかけたのだが、濡れた地面に足を滑らせて転んでしまったのだ。

 仕方なく、映画館の前でしばらく様子を見ることにしたが、雨で汚れた地面に転んで服を汚してしまった洋子は、ずっと浩介に背を向けたまま、浩介を責め立てていた。
「悪かったって言ってんだろ。いつまでもグズグズ言うなよ」
「何がグズグズよ。元はと言えば津村くんが悪いんじゃない」
「だから謝ってるじゃないか」
「何でも謝って済むとでも思ってるの!? 私、津村くんのそういうところが嫌いよ!」

 10分近く壁と向き合っていた洋子が、やっと浩介に振り向いた。今にも泣き出してしまいそうな表情をした洋子は、怒りを込めて浩介をじっと睨むように見つめている。
 雨で濡れた地面に転んでしまったせいで、服には上下とも、黒い汚れが目立っている。この格好では外を歩くのも恥ずかしいだろう。

 洋子の言うとおり、こうなったのは自分のせいなのだ。雨はまだやむ気配もないし、だからと言ってずっとこうしているわけにも行かない。短い沈黙のあと、浩介は静かに口を開いた。
「洋子、」
「何?」
「…乗れよ。下宿までそんなに遠くないし、この時間ならオメダもまだ帰ってないよ」
 浩介は屈んで、腕を後ろに向けた。

 まだ雨はやんでいない。それに、走って行っても浩介たちの下宿まで数分はかかる。
「嫌よ。何か変なことでも考えてるんでしょう」
「そんなわけねえだろ。早くしろよ。服濡れてるんだし、風邪ひくぞ」
 浩介は首を軽く後ろに振り、洋子に自分の背中に乗るように促した。なおも訝しそうに浩介を睨んでいた洋子だったが、とうとう根負けしたように浩介の背中に乗り、肩に腕をまわした。

「よし、行くぞ」
 洋子の脚をしっかりと支えると、浩介は雨の中へ駆け出す。雨は、だんだんと小降りになっているようだった。
 下駄を履いているので走りにくいのに、精一杯のスピードを出そうとしている。浩介の横顔を見やりながら、洋子はつい先ほどまで浩介につらく当たってしまったことを悔やんでいた。

「ごめんね、津村くん。あんなこと言って」
「気にするなよ。オレだって悪いのはおんなじだろ。済まなかったな」
 その言い方は相変わらずだ。でもこれが浩介なりの誠意だと思うと、洋子は責めることもできなかった。

 濡れた服のせいで冷えかかっていた身体に、浩介の体温が温かく感じる。目を閉じて、洋子は浩介の背中に頬を当てた。




2012/05/04






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