今日は浩介とデートの約束をしている洋子。行ってきます、と玄関のドアを開けようと手をかけると、母に呼びかけられた。
「洋子、これを持っていきなさい」
そう言って洋子の母が渡したのは、新しい手袋だった。
「今日は寒いからね。あったかいわよ」
「うん、ありがとう」
「行ってらっしゃい」
母に見送られながら外に出ると、冷たい風が頬を撫でていく。確かに寒くなりそうだ。思わず肩をすくめてしまう。
歩きながら、手袋を両手にはめた。裏が起毛になっていて暖かい。
しばらく歩いて、待ち合わせの場所にたどり着いた。もうすでに浩介の姿があった。
それを見て、洋子は足早に浩介の元へ向かった。
「津村くーん!」
洋子の声に気が付いて振り向いた浩介。いつものように飄々とした感じで、苛立っている様子はなかった。
「ごめん、待った?」
「全然。行こうか」
そう言って、浩介は洋子に手を伸ばした。そっとその手を取る洋子。
でも、いつもと何かが違っていた。
「あれ、手袋買ったのか?」
「お母さんがくれたのよ」
ふーん、といったように浩介は微笑んだ。
確かに手袋は暖かいけれど、洋子が欲しいと思っていた暖かさではない。
洋子も同じように笑みを浮かべたが、どこか心に寂しい気持ちがあった。
後日、また浩介と会う約束をした洋子。
今日は浩介を待たせまいと、時間よりも早めに待ち合わせ場所に来ていた。
今日も寒いな…とコートの襟を正していると、人並みの中に浩介の姿が見えた。
洋子の姿を確認して、浩介は足早に洋子のもとへ向かった。
「お待たせ」
「行きましょ」
浩介に笑いかける洋子。つられて笑みを浮かべた浩介は、ふと洋子の手元に視線を落とした。
「あれ、今日は手袋してないのか?」
「あっ…」
洋子は言われて気が付いた。待ち合わせ場所に早く行くことばかりを考えていて、慌てて家を出てきたので忘れたのだった。
「まあいいわ。早く行きましょうよ」
そう言って、洋子は浩介の手を取った。
手袋をしていないので、直に浩介の手の感触が伝わってくる。
「ああ、そうだな」
寒空の下、浩介を待っていた洋子の手はすっかり冷たくなっていた。
決して暖かくはない。でも、洋子の手のぬくもりをしっかりと感じられる。だから、このほうがいいか。と浩介も思っていた。
2024/11/29