昼下がりのこと。理介と小浪が台所のテーブルで話していると、勝手口から輝利が帰って来た。
「ただいま」
おかえり、と輝利に声をかける2人。輝利は、理介のほうへ歩み寄る。
「理介さん、岡山から手紙だよ」
そう言って、輝利は縦長の封筒を理介に差し出し、床にランドセルを置いて理介の隣の席に座った。
理介は、「岡山?」と首をかしげ、封筒を裏返して差出人の名前を見る。それは、里枝からの手紙であった。
「なんだ、里枝からじゃねえか」
一体何の用なのか、と理介は顔をしかめた。あの里枝のこと、また何かやらかしたのではないだろうか、と思ったのだ。
「そういえば、理介さんにも妹がいたんだよね。すっかり忘れてた」
「まあ無理もないだろうな。あんな形で1回会っただけなんだから。そういえば梓ちゃん、短大に受かったんだって?」
小浪の言葉に、ふと理介は梓のことを思い出したのだった。
「そうそう。喜んでたよ」
「そうか。それなら今度、入学祝贈ってあげないとなぁ」
「ありがとう。アズも喜ぶよ」
理介は封筒の口を細く破り、上下を逆さまにして中身を取り出した。中には、便箋が2枚入っていた。理介は早速、便箋を開く。
「“前略兄上様、いかがお過ごしでしょうか。さてこのたび、懐胎したことをご報告申し上げます。”…なんだ。あいつ、子供が出来たのか」
「良かったじゃない! 今度お祝い贈ってあげましょうよ」
思いがけないグッドニュースに心をなごませる2人。理介は、音読を続けた。
「“そういえば兄さん、三郎から聞いたわよ。小浪ちゃんと結婚したそうじゃない。どうして教えてくれなかったの?”…」
理介は、軽く目を見開いた。そうだった…。肝心の自分も、里枝の存在をすっかり忘れてしまっていたのだから、人のことが言えなくなってしまったのだから。
理介の表情の変化に気が付いた小浪と輝利は、2人して同じようにうらめしそうな顔で理介を見つめた。当の理介は、2人と視線が合った目を逃げるようにそうっとそらす。
「理介さん、あたしにああ言っておいて、自分も忘れてたんじゃない」
「僕、あのお姉さんのことちゃんと覚えてたよ?」
「ハハ、テル坊は記憶力がいいんだなぁ…」
厳しい2人のまなざしを受けながらも、理介はごまかすように笑い、再び便箋に目を落とす。
「“うちの人も「たまには兄さんに会いたい」と言っているので、たまには岡山に帰ってきて下さい。もちろん、小浪ちゃんも連れて来てね。私の妊娠のお祝い楽しみにしています。里枝より”」
先に妊娠祝いを要求するなんて、あつかましい奴だ…。と理介はあきれてため息をつき、便箋2枚を封筒へ差し込んだ。
不服そうな理介の前で、小浪は楽しそうに笑っていた。
「いいじゃない。あのお姉さんらしいんじゃない? ねぇ理介さん、お姉さんの妊娠祝い何にする?」
「子供の服とか、適当に送っておけばいいんじゃないのか? それより小浪、あいつはオレの妹なんだから、“お姉さん”じゃないだろう」
里枝のことなどはひとまずどうでもよさそうであるが、小浪に対しての意見はしっかりとした口調で話す理介。
理介の言う通り、理介とは夫婦なのだから、理介の妹の里枝は小浪にとっても妹になる。里枝のことを忘れていたこともあり、小浪はそれを意識していなかったのだった。
「そっか。でもなんかおかしいよね…。あたしのほうが何歳も年下なのに」
理介の意見に、小浪は思い出したかのように納得するが、戸惑うように苦笑いする。
「でも、面白いね。小浪があのお姉さんのお姉さんなんてさ。それよりも理介さん、僕、岡山行ったことないんだ。連れてってよ!」
嬉しそうに目を光らせる輝利。久々に里帰りもいいな、と考えていた理介は、輝利の頼みに俄然、のり気になっていた。
「いいぞ。じゃあ、春休みにでもみんなで行こうか」
理介のひと言に、輝利は大喜び。一同で旅行の話が盛り上がっているうちに、だんだんと空も暮れかけていった。
2011/08/01