「ダメだ。作り直し」
理介さんは、スープをひと口すするなり、そう言い捨てた。
「そんなぁ! 一生懸命作ったのに…」
「ダメなものはダメだ。全然味が出てないじゃないか」
もうすぐ正月なんだから、雑煮ぐらい作れるようになれ、と理介さんに言われたので、あたしはお母ちゃんに教わって、生まれて初めて一人でお雑煮を作ったの。それなのに……
「どうして!? お母ちゃんと一緒に作ったときと同じように作ったのよ?」
「とにかく、これじゃあ話にならないんだよ! 作り直しだ」
あんなに時間をかけて、一生懸命作ったのに。あたしがいくら弁明しても、理介さんに投げやりに跳ね返されてしまう。あたしは、だんだんと情けなくなってきた。
「そんなこと言うんなら、理介さんが作り方を教えてよ!」
「何でオレがそんなことをしなけりゃいけないんだよ。人に頼らずになぁ、自分で解決できないのか? まったく、雑煮ひとつ作れないなんてなぁ…。オレはお前が嫁だと思うと恥ずかしいよ!」
嘆くように、理介さんはそう言って、キッチンを出て行こうとあたしに背を向けた。
こうやって、理介さんに頭ごなしにガミガミ言われることなんて、日常茶飯事だ。だけどあたしは、何のために…誰のために、お母ちゃんに作り方をしっかり教わって、今朝から時間をかけて、こんなことをしていたのだろう。ただ、お雑煮を上手に作れるようになりたかったから? ううん、違う気がする。お雑煮を上手に作れるようになって、理介さんに喜んでほしかったからなんじゃないの?
理介さんの後ろ姿をじっと見つめながら、あたしは心の中でそんなことを考えているうち、なんだか虚しくなっていった。
「待ってよ…、」
「何だ?」
うつむいて立ちつくした姿勢で、あたしは震えた声で理介さんを呼び止めた。でも、理介さんの声の調子は変わっていない。
「あたしが嫁だと思うと恥ずかしいなんて…、なにも、そこまで言うことないじゃない。あたしだって、下手は下手なりに頑張ったんだよ? それなのに…理介さん、あんまりだよ…!」
肩を震わせながら、理介さんに小声で訴えた。情けなさや悲しさが一気にあふれ出てくるように、涙が頬を伝って、床にこぼれ落ちていた。
泣いて同情を誘おうなんていう気はないのに、涙が次々と流れ落ちていく。
「小浪…」
さっきとは打って変わって、理介さんは穏やかな声であたしの名前を呼んだ。あたしのこんな姿を見て、さすがの理介さんも思い直したようだった。
「悪かったな。オレもちょっと言いすぎたよ」
そう言って、理介さんはあたしの肩に手を置いた。見上げてみると、理介さんはあたしを見守るように優しい顔をしている。
理介さんのそんな顔を見ていると、さっきまでの負の感情がすうっと身体から抜けていくようで、あたしは涙を拭った。
「あんなこと言ったけど、気にするなよ。里枝だって、いまだにちゃんと作れるかどうか怪しいんだから」
「理介さん…」
なんとなく恥ずかしくなって、あたしたちは二人して照れ笑いをする。こうやって笑い合うのは、なんだか久方ぶりに思えた。
そうそう。そのあとで、理介さんに見てもらいながらお雑煮を作ったら、今度は「良く出来た」って誉めてくれたのよ。
今日は、本当にいろんなことがあったけど…、それが一番嬉しかったなぁ。
2012/01/08