「ミカちゃんって、料理とかするの?」

 仕事の合間、一久さんはあたしにそう尋ねてきた。そう、これがそもそもの始まりだったのよね。

 一久さんは興味津々に聞いてくるけれど、悪いけどあまり気乗りしない話だったから、あたしは原稿に目を通したまま、返事をした。
「ううん、しなーい。ご飯なら、いつも外で適当に食べてるから」
「そうなんだ。でもたまにはさ、自分で何か作ってみようっていう気にはならない?」

「うーん…そうねぇ、誰か素敵な人が部屋に来てくれるっていうなら、あたしが何か作ってあげてもいいかなぁ?」
「素敵な人ねぇ…。そこ行くとオレなんか問題外だよなぁ…」
 “素敵な人”という言葉に、一久さんはしょげてしまった。別に一久さんを“素敵じゃない”なんて言ったわけじゃないのよ? 一久さんだって、いいとこいっぱいあるじゃない。

「そんなことないわよぉ。一久さんだって、とっても素敵だと思う!」
 お世辞なんかじゃなくて、あたしは本心から一久さんをフォローしたんだけど、薬が効きすぎたっていうのかなぁ…? しょげていたと思ったら、一久さんは急に頭を上げて、あたしの肩を鷲掴みにした。

「ホント!? じゃあ今夜、ミカちゃんのとこ行ってもいい? いいよね? ミカちゃんの作ってくれるものなら何だっていいからさ。ね?!」
「ちょっと、一久さん…」
「さあ、仕事仕事!」
 あたしの返事を聞こうともせず、一久さんは張り切って仕事に取り掛かり始めちゃった。もう、一久さんったら…。

 あれからずっと、一久さんは上機嫌で、仕事も珍しく快調にこなしてて、理介さんもちょっと不思議そうな顔をしてたんだ。あたしの作った料理が食べられる……別に、あたしは料理を作ってあげるだなんて、ひと言も言ってないんだけど…。

 あたしの料理が食べられることが本当に嬉しくてしょうがないんだろうなぁ、ってすっごく伝わってきたの。そんな一久さん見てたら、なんか断るのがつらくなっちゃって…。

 だけど、何を作ろうかなぁ。小浪ちゃんに相談したら、手軽に作れて、失敗することも少ないカレーがいいんだって。そっか、カレーなら、大抵誰でも喜んでくれるよね? でも、あたしにうまく作れるのかなぁ…。

 オークニ工房のキッチンを借りて、小浪ちゃんの書いてくれた作り方を見ながら、早速カレー作りを始めたあたし。

 小浪ちゃんは理介さんと出かけちゃったし、一久さんは夕方までひと眠りしてるし、あたし一人でちゃんと出来るのか、とっても心配。

 あたしが最後に料理をしたのって、一体どれくらい前だろう。小学5年生くらいの頃に、家庭科の授業で初めて目玉焼きの作り方を教えてもらったでしょ? それから、キャンプで何回かカレーを作る手伝いをしたでしょ? あとは…。ダメね、全然思い出せない。

 まずは玉ねぎを切って炒める。あれ? 玉ねぎってどうやって切ればいいの?

 まあいいわ。後回し後回し。じゃがいもとニンジンを切って煮込む、か。これだったら簡単そうね。こっちを先にしようっと。

 …よし、じゃがいもとニンジンはこれでいいわね。次は…じゃがいもとニンジンが柔らかくなり始めたら、切ったお肉を入れるのね。

 お肉の切り方って、これでいいかなぁ? でもじゃがいもとニンジンも柔らかくなってきたみたいだし、入れちゃおうっと。

 えーっと、お肉に熱が通ってきたら、今度は炒めた玉ねぎを…、いけない! まだ玉ねぎ炒めてなかったわ!

 どうしよう…。まず皮をむいて、上の部分を切り落として二等分するでしょ、そして縦に切って…あぁ、目が痛ーいっ!

 早く早く! フライパンに油をひいて、わぁっ! お鍋が噴きこぼれてきちゃった! 慌ててお鍋の火を止めてひと安心…あっ! フライパンから湯気が出てきたから、早く玉ねぎを炒めなきゃ!


 時計を見ると、もう夕方の5時半をとうに過ぎていた。カレー作りを始めてから、もう1時間半も経ってたんだ。慌ただしかったから、全然そんな感じがしないなぁ。

 でもこれって、短いのか長いのか、よくわからない。キャンプのときは、確かこれくらいだったような気がするけど、いつも家でカレーを作っていたときは、もっと時間をかけて煮込んでいたような気がするんだもの。

 初めて自分一人で作ったカレー。見た目はちゃんとカレーに見える…それは大丈夫ね。さぁ味見、とお玉でカレーをすくってみる。水っぽいのが気になってルーを入れすぎたせいか、なんだかドロドロしていた。だけど、しゃびしゃびしているよりはいいでしょ? そして肝心の味は…。これは、一久さんに聞いたほうが良さそうね?


 それからすぐに下宿へ帰ってカレーの支度をしていたら、ほどなくして一久さんはやって来た。

「ミカちゃん、一久だけど、入ってもいい?」
 襖の向こうから一久さんの声がしたので、あたしは「どうぞ」と一久さんに返した。ちょっと緊張するなぁ。だって、こういうの慣れてないんだもん。

「じゃあ、お邪魔しまーす!」
 嬉しそうに、襖をパッと開けて入って来た一久さん。緊張しているのかソワソワしてるけど、襖をそーっと開けないところは一久さんらしいかな。もちろん、いい意味で…ね?

「そこ、座ってもいい?」
「いいわよ」
 座ってお皿にご飯をよそいながら、一久さんに返事をした。ありがとう、と言って、一久さんはあたしの向かいに座る。

 折りたたみテーブルをはさんで、男の人と二人っきりで食事をするのって、やっぱり恥ずかしい…。あたしは、一久さんと目を合わせるのが気まずくて、下を向いてご飯をよそっていた。

「一久さん、ご飯どのくらい食べる?」
「じゃあ、多めでお願い!」
「わかった、多めね」
 一久さんに言われた通り、多めにお皿にご飯をよそった。たくさん食べてくれるってことは、あたしの料理を食べられるのがたまらなく嬉しいってことだよね。こんなことなら、普段からもっと料理を覚えておくべきだったなぁ。

 お鍋のふたを開けると、カレーの匂いがもわもわと部屋の中に広がっていく。
「おいしそうな匂いだねぇ」
「ありがとう。でも、味は期待できないわよ?」
「いいんだよ。ミカちゃんが一生懸命作ってくれたんならさ」
 一久さん、優しいなぁ。口には出さずにそう思いながら、ドロッとしたカレーをご飯の上に持った。

 カレーのお皿を静かに一久さんの前に差し出した。嬉しくてはきちれそうな顔をしている一久さんがいじらしいなぁ。
「じゃあ、食べましょ?」
「そうだね。いただきまーす!」
 おあずけを解いたように嬉しそうに手を付ける一久さんを、あたしはチマチマとカレーを口に運びながら様子を伺う。

 一久さんの口に合うかな? やっぱり、失敗しちゃったんじゃなかったのかな……。そんな不安が募って、あたしにはなぜか、味がほとんど感じられない。
 しんとした狭い部屋の中、お皿にスプーンが触れ合う音が響いていた。

「いけるよ、これ!」
「え?」
 しばらくして、食べていた口を休めて、一久さんがそう言った。一口食べたあとも何も感想を言わなかったので、あたしはあきらめて下を向いていた頭を上げた。

「ウソ。あたし、カレーを一人で作ったの初めてなのよ?」
「ウソじゃないって、すごくおいしいよ」
 おいしい、なんて言われても、にわかに信じられなくて、最初はお世辞に決まっていると思っていた。でも、一久さんはあたしをじっと見て、はっきりとした口調で言っている。
「お世辞、うまいんだぁ。一久さんって」
「そんなこと言うなよー…」
 素直に喜べなくて、ちょっと皮肉っぽくあたしはクスクスと笑った。

「ねえ、ミカちゃんさえ良かったら、またこうやって来てもいいかな?」
「じゃあ、ダメだって言ったら?」
「そんなぁ…いいって言ってくれよ」
 一久さんのおかげで、今日はいろいろ大変だったなぁ。でもあたしの料理を誉めてくれて、とっても嬉しかった。ありがとう一久さん。あたしも、もうちょっと料理のことを勉強してみようかな?




2011/11/07






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