心地よい4月の朝。朋美は、いつものように6時に目覚ましで目を覚ました。
カーテンを開けると、桜の花びらが舞っている。朋美も、今日から高校性。新学期にはぴったりの日和だ。
「今日から高校生かぁ。また、まことくんと同じ学校に通えるんだ」
念願だった公立の高校にまことと一緒に入学できて、朋美は嬉しさで胸がいっぱいだった。
身支度を済ませた朋美は、1階のキッチンへ向かった。
「おはよう!お父さん、お母さん」
キッチンでは、母は朋美の分の朝食を作っている最中で、休みの父は朝食を食べ終え、一息ついていた。
「おはよう。朋美も今日から高校生なのね」
朋美の母は、朝食を作りながら話しかけた。
「おはよう朋美。早いな。朋美ももう高校生か」
「そうだね。少し前までランドセルを背負っていたのが嘘みたいだわ」
そう言いながら、朋美は自分の席に座った。
制服ではなく普段着を着ている朋美を見て、父は不思議な顔をする。
「あれ、朋美」
「どうしたの?」
「学校、制服じゃないのか?」
「うん。制服じゃないのよ。知らなかったの?」
「いやあ、知らなかったよ」
「お父さんには、あまり話してなかったよね。ごめんなさい」
自分と母だけで話を進めていて、朋美は父に申し訳なく思い、軽く頭を下げた。
「いや、いいんだよ。ということは、公立の学校なんだな」
「そう!」
「えらいじゃないか。朋美」
「えへへ…」
父に褒められることなんて珍しい。朋美は、素直に照れる。
「そうだ。せっかくだから何か入学祝いでも買ってあげるか」
「本当!?」
父の突然の発言に、嬉しくて朋美は席を立ち上がった。
「何か、欲しい物があるのか?」
「うーん…」
考えながら、朋美は席に座る。そこへ、ちょうど母が朝食を運んで来た。
「そういえば朋美、周りの子はみんな持ってるの?」
思い出したように、朋美に聞く母。何のことだかわからない朋美は、当然きょとんとする。
「何を?」
「携帯電話よ」
「いただきまーす。そういえば、みんな持っていたかな…」
「携帯電話か…。朋美ももう高校生なんだし、そろそろ買ってあげてもいいだろう」
「そうね。友達が持っているのに、朋美だけ持っていないんじゃかわいそうですものね」
「よし。朋美にも買ってあげるか」
「えっ!?」
いつもは厳しい父がこんなことを言うなんて珍しい。朋美は思わず手が止まってしまった。
「メーカーはお父さんが使っているものでいいだろう。今日の午後にでも選びに行くか?」
「うん!もちろん行くわ!」
「学校は何時に終わるんだ?」
「えっと、始業式が終わったらすぐに下校だから、お昼には帰るわ」
「そうか。じゃあ、お昼を食べたら出かけようか」
「うん!ありがとうお父さん!」
「ごちそうさま!」
流し台に食器を置き、朋美は洗面所へ向かった。
午前7時。もうそろそろ家を出ないといけない時間になった。
「気をつけてね。朋美」
「うん。行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
母に見送られ、朋美は家を出た。
学校へは、約15分バスに乗り、電車に約20分乗り、そこから徒歩で10分かかる。
「約束もしていないのに…。会えるかな…」
朋美は、心の中で呟いた。まこととは、最寄りのバス停も同じなので、会える可能性はあったが、もしかして、遅刻なのかもしれない。だから、会えたらいいな…と、朋美は願っていた。
バス停には、まだ誰もいなかった。ふと朋美は、腕時計を見た。
「7時5分…。あと5分でバスが来ちゃう」
朋美は、ベンチに座った。
春のさわやかな風が桜の木を揺らし、そのたびに桜の花びらが散る。
「風が気持ちいい…。いつかのあの時と同じだわ」
あの時。あれは忘れもしない、まこととの初デートの日。
あの時と同じように、ベンチに座って待ちぼうけ。でも今日は、約束はしていない。
「明日は…『一緒に学校に行こう』って、誘ってみようかしら」
そんなことを考えているうちに、バスが来てしまった。
バスのドアが開き、定期を見せて乗り込む朋美。朋美は何となく、2人掛けの席に座った。
「まことくん…やっぱり遅刻なのかしら…」
音を立て、バスのドアが閉まろうとしたその時。
「おーい!!」
発車しようとするバスに、誰かが大声を出しながら走ってきている。朋美は思わず、「まことくん!?」と口走ってしまった。
再びバスのドアが開く。息を切らしながら定期を見せて乗り込んで来たのは、やはりまことだった。
「まことくーん!」
席を立ち、まことに手を降る朋美。
「トモちゃん!」
すぐに朋美の声に気づいたまことは、足早に朋美の座る席へ向かう。
「どうしたの?ギリギリじゃない」
「いやー。ゲームに夢中になってたら夜更かししちゃってさー」
まことは、朋美の隣に座った。
発車時間を少し遅れて、バスが動き出した。
「ダメじゃない。新学期早々遅刻なんて、みっともないわよ」
「あはは。わかってるんだけどね」
まことのこういったところは、本当に相変わらずだった。
でもよかった。間に合って。朋美は、ほっと胸を撫で下ろした。
少し経って、隣町のバス停に到着した。そこでは、同じ高校と思われる男子数人が乗り込んで来た。
「おーい!坂口!」
1人の男子が、まことを見かけて手を振った。続いてもう2人、まことに視線を送る男子の姿があった。
「おう!」
まことの態度を見る限り、結構親しい仲だとは思われるが、朋美には誰かわからない。なので思わず、朋美はまことに聞いてみる。
「誰なの?」
「中学の時のゲーセン仲間の谷口と下村と村上だよ。オレたちと同じ学校に進学したんだ」
「ふうん」
気乗りしない感じに、朋美は返事をした。2人きりの時間が終わってしまいそうで、何だかつまらなかったからだった。
谷口たち3人は、朋美とまことの向かいの席に座った。
席に座るなり、谷口は立って通路を挟み、携帯電話の画面を見せる。
「おい坂口、見ろよ。オレ新しいゲームインストールしたんだぜ」
「スゲーじゃん!どこのサイトで見つけたんだよ?」
「ちょっと待ってろよ。今メールでアドレス送信してやるから」
そうまことに言うと、すぐに谷口は座席に座り、メールを打ち始めた。
「サンキュー!」
まことは、慣れた様子でカバンから携帯電話を取り出した。まことには卒業式の後にも会ってはいたが、まことが携帯電話を持っているということを知らず、朋美は驚いた。
「まことくん、携帯持ってるの?」
「うん。親父が春休みに入学祝いに買ってくれたんだ」
携帯電話の着信音が鳴り、まことは即座に携帯電話を開いた。
まことくんも、入学祝いに携帯電話を買ってもらったんだ…。そして、まことも自分と同じように携帯電話を買ってもらったと知って、朋美は偶然ではない感覚を覚える。
「よし!ダウンロードするぞー!」
「でもよ坂口、お前もそんなことばっかやってて、電池なくなってなくなってしょうがないだろ?」
「そうなんだよ。充電しても充電してもすぐなくなっちゃって、充電しながらやってるくらいだよ」
まことと谷口たち男子は、すっかりゲームの話で盛り上がってしまい、朋美の入るところがなくなってしまった。
せっかく隣の席に座っているのに、これでは全く面白くない。朋美は、ふと口を開いた。
「まことくん、携帯のゲームって面白いの?」
「面白いよ。トモちゃんも…。あっ、そういえばトモちゃんって、携帯持ってるの?」
朋美は、自分も父に入学祝いに携帯電話を買ってもらえると話そうとするが、思わず戸惑ってしまった。
「えっ…あたしはまだ…持ってないの」
「そうか…。トモちゃんの親父さん厳しいもんな。携帯買ってもらうなんて、ちょっと難しいかもしれないよな」
朋美は本当のことが言えなかった。「あたしも今日、買ってもらえるんだ」と言ってしまえば、会話が盛り上がったのに…と、悔やんでしまう。
駅についてもまことは谷口ら男友達とばかり話しており、朋美はとてもつまらなかった。
朋美たちがホームに着いてすぐ、タイミングよく電車が入ってきた。
「あっ!タイミングいいじゃん」
停車した電車に乗り込もうとするまこと。しかし、その電車は急行で、学校の最寄りの駅には止まらない。
それに気づいた朋美は、慌ててまことを引きとめた。
「まことくん!その電車止まらないわよ!」
「おっと。危ない危ない」
まことは間違えて、急行に乗ってしまうところだった。
「そういえば小学生の時にも、同じようなことがあったよな」
「ぶどう狩りの時のこと、まだ覚えててくれたんだ」
谷口たちが3人で話しているため、朋美とまことは2人だけの話題で盛り上がった。
「覚えてるよ。オレ間違えて、急行の電車に乗っちゃったんだよな〜」
「あの時は本当に焦ったわよ。でもまことくんったらひどかったじゃない。ゲームセンターになんか行って、お金使っちゃって」
「ヒッチハイクして戻ってきたんだよな。あの時はあずきにすごい剣幕で怒られて、そのまま東京に帰りたくなっちまったよ」
まことと一緒に行けたぶどう狩り。朋美にとっては、忘れられない出来事の一つだった。
朋美やまことたちが話に夢中になっているうちに、普通電車が到着した。
学校の最寄りの駅に到着すると、改札の周りではすでに、朋美やまことたちと同じ新入生たちで賑わっている。
他の新1年生を見たまことは、ようやく学生気分が戻ってきたようだった。
「あーあ、今日から高校生かぁ〜。忙しくなりそうだなー」
「せいぜい落第だけはするなよ〜」
谷口の言葉に、ちょっとムッとするまこと。
「おい。冗談キツいぜ」
思わず朋美は、「ふふふ」と笑った。
「トモちゃん。力、貸してくれよ」
「まことくん、やればできるのに。あたしが力貸さなくても、大丈夫なんじゃない?」
まことのためならば、甘やかしてばかりはいけないと、朋美も珍しく、頭を縦に振らなかった。
「そんなこと言うなよ〜。トモちゃんが力を貸してくれなかったら、オレどうしたらいいんだよ〜」
「まことくんったら〜」
朋美は、まことのためにならないことは百も承知だったが、このように言われるとダメとは言えなかった。
そして、朋美やまことたちは学校へ到着した。
「まことくんと同じクラスになれるかなぁ…」
まことと同じクラスになれなかったらと、朋美はとてもドキドキしていた。
「新入生は体育館へだって。クラスは、体育館へ行けばわかるんじゃないのか?」
掲示板を見た谷口が言う。朋美は、少しだけ胸のドキドキが和らいだ。
体育館へ向かう朋美たち。体育館に近づくほど、朋美のドキドキが加速する。
「オレ、トモちゃんと同じクラスになれたらいいなー」
「ま、まことくん」
「トモちゃんと一緒だったら、落第しなくて済むし」
こんな理由だろうとは薄々勘付いてはいたが、やはり朋美は嬉しかった。
「おーい!坂口は3組だってよ!オレたちと一緒だぜ!」
体育館の方から谷口の声がした。朋美とまことが2人で話しているうちに、谷口たちは先に行っていたのだった。
「本当かー?」
まことは走って、体育館へ向かった。
「ま、待ってよまことくん…」
朋美はまことを追って走った。
体育館の前にクラスの割り当てが貼られている。クラスは、全部で5つ。
「ホントだー。トモちゃんは…」
まことは、朋美の名前を探し始める。
「あ、まことくん…」
どうしよう…。もしあたしだけ別のクラスだったら…。
朋美はそう思うと、正気ではいられなかった。
「あっ。あったあった」
「どこ!?」
まことは朋美よりも先に、朋美の名前を発見した。朋美も自分の名前を探したが、どこにも見当たらない。
「ここだよここ」
まことが指したところに、確かに“高橋朋美”と書かれていた。
そしてよく見ると、朋美もまことと同じ3組だった。
「嬉しいなー。トモちゃんと同じクラスで」
「あたしも…嬉しいわ」
顔を真っ赤にしながら、朋美は言った。
始業式が終わり、新入生はそれぞれの教室へ移動した。
教室の座席は出席番号順になっている。朋美は、自分の席を探していた。
「あたしの出席番号は15番…」
「おーい、トモちゃん!」
さっそく席に座っているまことが、朋美に手を振っている。朋美はまことの方へ歩いていった。
「どうしたの?」
「ここだよ。トモちゃんの席」
そう言ってまことが叩いている机は、まことの隣の席だった。
本当に?信じられない…。朋美は、まことの隣の席に座った。
「まことくんも、15番なの?」
「ここのクラス、男子はか行が多いみたいだぜ」
「そうなのね…」
神様、ありがとう。朋美は、思わず指を組んだ。
「みんな、席についたか?」
その時、先生が教室へ入って来て、席を立っていた生徒たちは、一斉に席へ戻った。
「これで美人の女の先生だったら、最高なのになー…」
残念そうにまことは呟いたが、担任の先生が男の先生で、朋美は安心していた。
ホームルームが終わり、生徒たちがざわめき始める。
「まことくん、一緒に帰らない?」
帰る準備をしている朋美は、まことに声をかけた。
「悪い。あいつらとゲームショップに行くんだ」
「そう…」
朋美はちょっとショックを受け、うつむいた。
「よかったら、トモちゃんも来る?」
「ううん。あたし、ちょっと用事があるの。また明日ね」
「トモちゃん…」
朋美は、黙って教室を出て行った。
「おーい坂口ー!早く行こうぜー!」
出入り口では、すでに男子たちが集まっていた。
「お、おう」
まことは、急いで谷口たちのところへ行った。
まことと一緒に帰れなかったが、携帯電話を買いに行く楽しみが、いつしかそんな寂しさも忘れさせていた。朋美は、ウキウキしながら帰って来た。
「ただいまー」
朋美の声を聞き、母がキッチンから現れる。
「おかえり。お父さん待ってるわよ。早くお昼ごはん食べなさい」
「はーい」
朋美は、まず自分の部屋へ向かった。
昼食を食べ終えた朋美は、父の車で携帯電話を買いに向かっている。
「朋美は、どんな携帯が欲しいのか、だいたい決めたのか?」
父は、後ろの席の朋美に話しかけた。
「ううん、全然決めてない」
「そうか。でもお店に行けば、すぐに気に入ったものが見つかるよ」
いつにない父の優しい態度に、朋美はとても安心していた。
「いらっしゃいませ」
携帯ショップにやってきた朋美。以前からよく通りかかった時に見てはいたけれど、いざ入ってみると、とても緊張する。
ボードに名前を書き、朋美と父は座って順番を来るのを待った。現在は、朋美たちを含めて3人待ちである。
「ほら、待っている間に欲しい携帯を選んできなさい」
「は、はい」
父に促され、朋美は展示されているモデルを見に行った。
多種多様な色とりどりのモデルが並ぶ中に、朋美は吸い込まれていった。
今まで、携帯電話は周りの子が使っているところしか見たことがない朋美にとっては、少し未知の世界だった。
「すごいなぁ。携帯電話でテレビが見れるのね。これは、CDの音楽が携帯で楽しめるんだ…」
外見や中身など1つずつ、ゆっくりと見て歩いている朋美。すると目の前に、見覚えのある携帯電話が、目の前に現れた。
「こ、これって…」
声に出さず、朋美は驚いた。それは、まことが持っているモデルであった。
「確かまことくんが持っていたのって、黒か紺っぽいのだったかな…」
よく見ると、カラーは黒と紺だけではなく、赤やピンクなど、女の子らしいものもある。
「朋美、呼ばれてるぞ」
つい夢中になっていて、朋美は父に呼ばれている声にも気付かなかった。
「あっ、ごめんなさい」
朋美が真剣に見ている姿を見て、父は朋美のところへ歩いてきた。
「何か、いいのでも見つけたのか?」
「そうね…」
朋美は、まことと同じ携帯電話に目をやった。
「それがいいのか?」
「うん」
朋美の気持ちに、迷いはなかった。
「じゃあ、それにするか。色は何がいいか決めたのか?」
「決めたわ。ピンクがいいの」
「よし。決まりだな」
朋美と父は、カウンターへ向かった。
帰宅した朋美は、早速部屋で箱を開けた。
まことと色違いの、薄いピンク色の携帯電話。
「わぁ…。これが携帯電話なんだ」
ウキウキしながら、朋美は携帯電話のスイッチを入れた。
「まずは…、家とお父さんと…」
朋美は、説明書を読みながら短縮ダイヤルを登録した。
「あとで、みんなにも連絡しなきゃね。あとは…」
考えていると、まことのことが頭によぎった。
「まことくんか…。どうせなら、番号を聞いておけばよかったのに…」
友人にも連絡を取り、携帯電話のアドレス張は10件以上にも一気に増えた。
気がつくと、もう夕方になっている。
「あーあ。せっかく携帯電話買ったのに、まことくんと電話ができなかったら…」
朋美がそう呟きかけると、1階から母の声が聞こえた。
「朋美ー、ちょっとお使い行ってきてくれない?」
「はーい!」
朋美は、1階へ降りて行った。
お使いの帰り道。まことと会わないかと期待していた朋美は、すっかり裏切られてしまった。
「明日、学校で聞いてみよう。ちょっと恥ずかしいけど、それしかないわ」
そんな独り言を呟いていると、目の前に見覚えのある男子が現れた。谷口だった。
「あっ。高橋じゃねえか」
「あなたは、まことくんの…」
谷口は朋美を少し見つめ、唐突に切り出した。
「おい高橋。お前、坂口の番号、知ってるのか?」
「番号?携帯の?」
「当たり前だろ。それ以外他に何があるんだよ」
谷口のぶっきらぼうな口調に、朋美は少し恐怖感を感じていた。
「そうか。じゃあ、これやるよ。オレがあげたってこと、坂口には内緒だぞ!」
ぶっきらぼうにそう言って、谷口は朋美にたたんだ紙切れを渡し、去って行った。
「何だろ…」
その紙切れを開いてみると、携帯電話の電話番号が書かれていた。
「もしかして、まことくんの携帯の番号かしら…」
朋美はその紙切れをポケットに入れて、再び歩き出した。
その夜。お風呂から上がって寝る支度を整えた朋美は、あの紙切れを手に取った。
「ちょっと怖いけど…」
朋美はベッドに座り、携帯電話を右手に取った。緊張して、右手が震えている。
「090の…」
書かれている数字を口ずさみながら、番号を入力し終え、発信ボタンを押した。
「もしまことくんだったら、まだ起きてるはずよね」
ドキドキで、まだ手が震えている。
発信音が、もう10秒以上続いている。まことくん、珍しく早く寝たのかな…それとも…。朋美の不安は、だんだん高まっていく。
「はーい…」
発信してから15秒余り。ようやく携帯電話の向こうから、やる気のない声が聞こえた。
やはり、まことの声だった。
「もしもし…まことくん?」
「その声は、トモちゃんか?」
番号を知らないはずの朋美から電話がかかってきて当然、まことは驚いている。
「まことくん。実は…」
「気にするなよ。大体は予想がつくからさ。教えたんだろ?あいつが」
話さなくとも、まことは見抜いていた。
「そうなの…。内緒だって言われたんだから、黙っていてくれる?」
「いいよ。それよりトモちゃん。携帯、買ったんだ」
「うん。買ってもらったの。入学祝いに」
「あはは、オレと一緒かぁ。偶然か?」
「そうなのかしらね」
偶然ではなく、必然であってほしい…。朋美は、そう願っていた。
朋美は、一番気になっていたことを切り出した。
「まことくん、今何してるの?」
「ゲームしてたんだよ。携帯の。いきなり知らない番号からかかってきて、正直焦ったんだぜ」
「ごめんなさい…」
「謝るなよ。別にトモちゃん、悪いことしたわけじゃないんだぜ?それよりもさ、こんな時間に電話なんかしてて、大丈夫なの?」
まことが自分を心配してくれていて、朋美は嬉しかった。
「大丈夫。お父さんたち今1階でテレビ見てるから、聞こえてないわ」
「それならよかったよ。じゃあトモちゃん、オレ、ゲームの続きをやるからさ、この辺で切るぜ」
「待って!」
つい朋美は、大きい声を出してしまった。
「どうかしたの?」
「また明日…、明日も、こうやって電話しても、いいかしら?」
「いいよ。トモちゃんさえ、よかったら」
「ありがとう…。また明日の朝、バス停でね」
「おう。おやすみ。トモちゃん」
「おやすみ…。まことくん」
朋美は、静かに電話を切った。
ずっと、この余韻に浸っていたい…。朋美は、嬉しくて涙を流しそうになった。
2009/07/28