6月に入り、毎日雨が降り続き、色とりどりの傘が街を彩る。

 その日も天気は朝から雨。朋美は起きると、早速窓から庭を覗き込んだ。

「毎日こんな天気でも、あなたたちはいつもきれいね」

 朋美の家の庭には、数か月前に植えたアジサイの花が、きれいに咲いている。

「まことくんにも見せてあげたいな。とってもきれいなんだもの」

 嬉しそうにそう呟いて、朋美は着替えて1階へ降りて行った。

 朋美はいつものようにバス停で待ち合わせて、まことと学校まで行く約束をしている。
 しかし、谷口たちもすぐに合流してしまうので、2人っきりは5分程度。

 朋美がバス停の近くに来ると、まことはすでにバス停にやって来ていた。
 まことの姿を見て、駆け足でバス停に向かう朋美。

「おはよう!」
「おはよう」
「待った?」
「ううん。オレも今来たところなんだよ」

 まことに会ったら、家に誘おうとずっと考えていた朋美は、それとなく、話を切り出した。
「ねえ、まことくん」
「何?トモちゃん」

「今日…、あたしの家に来ない?」
「おいしいお菓子とか、出してくれるの?」
 実は、まことがすでに谷口たちと何か約束をしているのではないか…と、朋美は不安になっていたのだった。
 しかし、この様子であればどうやらそんな心配はなさそうで、ホッと安心した。
「もちろん、ちゃんと用意するわ」
「やったね!トモちゃんの作ったお菓子、とってもおいしいから楽しみにしてるぜ!」
「じゃあ、授業終わったら、教室で待ってるわ」
「おう!」

 しきりに雨が降り続ける梅雨の天気とは裏腹に、2人の心はすっきりと日本晴れであった。

 教室で待ち合わせ、朋美はまことを連れて帰宅した。

 今日は、朋美の両親は昼間は家を空けており、家には朋美とまことの2人っきり。

「待ってて。クッキー作ってくるわ」
 リビングにまことを待たせ、朋美はキッチンへ消えた。

「アジサイ、きれいに咲いたんだね」

 突然リビングにいるまことの声が聞こえ、朋美はクッキー作りを中断し、リビングへ向かった。

「どうしたの?」
 朋美がリビングへ入ってみると、まことはしみじみとベランダの外を眺めていた。
「オレが前に遊びに来た時は、まだ花が咲く様子もなかったのに、やっぱり花って成長が早いよな」
 まことがアジサイの成長に気付いてくれていて、朋美は嬉しかった。
「うん。あたしも嬉しいわ」

 それから1週間後。その日も天気は雨だった。

 教室へ向かう途中。楽しそうに谷口たちと話しているまことの隣で、朋美はただ黙って4人の話に耳を傾けている。

 話をしていると、下村はふと張り紙を目にした。
「おい、映画研究会が映画を撮るらしいぜ」

「えっ、ホントかよ!」
 谷口は、すぐさま張り紙を見に行った。

 張り紙には、「紫陽花の花嫁 主演出演者募集」との告知が書かれている。締め切りはその週の金曜日。
 応募者の中から抽選を行い、そこで当選した応募者をオーディションで決めるという。

 その内容はというと、余命わずかの少女と、少女の恋人である青年のラブストーリーというものである。

 ヒーローもののかっこいい内容を期待していた谷口と村上は、とても残念そうになる。

「余命わずかの少女のラブストーリーかぁ…」
「クサイよなぁ。もっとかっこいい映画だったら出演してもいいのによぉ」
 谷口と村上は「あーあ」といった感じにがっかりしている。

 確かに、よくある内容だとは思ったが、朋美は少し興味を示していた。
「『紫陽花の花嫁』ね。なんかステキだと思わない?」
 朋美は、まことには足を振る。
「確かにタイトルはいいんだけどなぁ…」
 まことも明らかに乗り気ではないが、少しでも同意を示してくれたことに、朋美は感謝していた。

 そんな時、谷口は何か考えがあるという目つきで、まことと朋美に目をやった。
「おい坂口、お前応募したらどうだ?高橋と」
 冗談半分に、谷口はまことに言った。
 思わず朋美は顔を赤らめてしまったが、まことは、まったく冗談だとしか思っていない。
「あはは。オレはこういうの似合わねえよ」
「意外と似合うかもしれないぜ?」
 下村が話を煽り、まことは照れくさそうに笑っている。

 まことくん、本当に冗談だとしか思っていないのかしら…。

 恥ずかしいので言い出せなかったが、朋美は谷口の提案にまんざらでもなかった。
 まことが少しだけでも谷口の提案に賛成してくれたら、自分も言い出せたのに…と、朋美は心の中で思っていた。

 そして締め切りの金曜日になったが、結局、朋美は応募をしなかった。しかしその翌週、思わぬニュースが朋美を待っていた。

 1限目が終わり、仲良く話している朋美とまこと。すると、谷口が急ぎ足で2人のところへ駆け込んで来た。

「おい坂口!大変だよ!」
 谷口の口調は、驚きと焦りが混ざっており、とても興奮している。
 何が何だかわからないまことは、きょとんと谷口の顔を見ていた。
「どうしたんだよ」
「今、映画部の連中が廊下にポスターを張り出してるんだけどよ…、お前と高橋、オーディションを受けられることになったんだぜ!」
「えーっ!!」
 朋美とまことは、あまりの驚きに同時に声を上げた。

「でもよ、オレたち応募してないのに、どうしてオーディションが受けられるんだよ!?」
 まことは思わず立ち上がって谷口に詰め寄った。
「し、知らねえよ…」
「まさか谷口くん、あなたがあたしたちに黙って応募したの?」
 冗談半分にでも応募を勧めた谷口に、朋美は疑いを抱いていた。
「そっ、そんなことするわけないだろ!」
 谷口はすごい剣幕で朋美に怒鳴りつけた。その顔は、明らかに嘘はついていない。朋美は怖気づいてしまうが、悪いことを言ったと思い、「ご、ごめんなさい…」と谷口に謝罪をした。
「そんな言い方することないだろ。トモちゃんに謝れよ」
 朋美の様子を気遣い、まことは真剣に谷口に謝罪を求めた。
 いつものまことからは考えられない言動に、興奮していた谷口も目が覚め、「わ、悪かったよ。高橋」と素直に朋美に謝罪した。
「いいわ。谷口くん」
 谷口が素直に謝罪したことよりも、まことが自分を真剣にかばってくれたことに、朋美はとても嬉しかったのだった。

 しかし、肝心の「誰が応募したのか」ということがわからず、3人の間に沈黙が走る。

 その時、下村が3人の前に歩み寄った。
「わりぃ…実はオレなんだよ」
 3人は、「えーっ!!」と声を揃えて驚いた。驚きの後、谷口は怒りの表情で下村に詰め寄る。
「おい!何で勝手に応募なんかしたんだよ!!」
「だ、だって、オレあの時言ったじゃないか。『意外と似合うかもしれないぜ?』って…」
 谷口の勢いに押され、下村は弱々しく言った。しかし、谷口の気はまだ収まらない。
「冗談だって何でわからないんだよ!!」

 今にも下村に掴みかかりそうな谷口に、朋美は見ていられなかった。
「谷口くんやめて!」
「高橋…」
 谷口は冷静になった。気がつくと、大人数のクラスメイトが揃って4人を見ていた。

「悪かったな下村。でもまさか、本当に応募するなんて思ってなかったんだよ」
「いいんだよ、谷口。それより、勝手に応募して悪かったよ。2人とも…」
 下村は朋美とまことに謝罪した。
「かまわないよ。なあ、トモちゃん」
「うん…」
 「かまわない」とは言ったが、下村が勝手に応募をしたことについて、まことは一体どう思っているのだろうか。朋美は不安になった。

 その日、一緒に帰れることになった朋美とまこと。だが、2人の間にはどこか、変な空気が流れている。

 電車を待っている2人。しかしいつものように会話はなく、お互いに話題を切り出そうと、タイミングを見計らっていた。
「ねえ、まことくん、」
「トモちゃん、」
 映画のことを言い出そうとした朋美は、思わずまことと同時に声を上げてしまった。
「いいよ。トモちゃんから言いなよ」
 お互いに恥ずかしそうな顔をしながら、まことは朋美に話の順番を譲った。
「まことくん、嫌じゃない?」
 心配そうに朋美が尋ねると、まことは「?」というような顔をした。
「何のこと?」
「だから、映画のこと!」
 思わず、朋美は恥ずかしそうに声を張り上げた。
 その直後、電車が入ってくるとのアナウンスが鳴った。
「まあ、電車に乗ってからゆっくり話そうよ」
「そ、そうね」
 落ち着いた様子でまことに言われ、朋美は平静を取り戻した。

 電車に乗り込み、早速映画のことを話し始める2人。
「別にオレは嫌じゃないよ」
 座席にどかっと座りこむなり、まことはそう言った。朋美は、静かにまことの隣に座った。まことが気を悪くしていないと知り、朋美は安心した。
「よかった…。もしまことくんが嫌だって言ったら、あたしどうしようかと思っちゃったもの」
「まあ、もし相手がトモちゃんじゃなかったら、断ってたかもしれないけどね」
「ま、まことくん…」
 ニコニコしながらそう呟いたまことに、朋美は顔を赤らめる。

 まことの一言に、朋美は俄然やる気になった。
「まことくん、頑張ろうね」
「うん。オーディション、合格するといいね」
 穏やかに笑う2人。すでに、息はぴったりと重なっている。

 週末になり、いよいよオーディションの日が訪れた。

 会場の映画部の部室には、見物に大勢の生徒が集まっている。その中に、谷口たちもいた。

「坂口、全然セリフ覚えれてなかったけど、あんなんで大丈夫なのか?」
 ろくに練習もできていなかったまことを心配する谷口。他の2人も、それは同じであった。

 一方、応募者の集まっている舞台裏では、緊張してそわそわしている者、ワクワクして待ちきれない者と、色々な感情が渦巻いている。
 朋美とまことは、その中でオーディションの予習を繰り返していた。




2010/03/28






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