中学校生活も3年目になり、高校受験が控えていよいよ慌ただしくなってきている。

 今年もまことと同じクラスになり、嬉しい朋美。でも、今年は今までのようにのんびりした気分ではいられないことは、十分わかっていた。

 その日の1限目のホームルームは、進路についての内容であった。進路希望調査のプリントが全員に配られ、第1希望から第3希望まで高校の名前を書いて提出しなければならない。

「では、進路希望調査は明日までに提出するように」
 号令をして、先生が教室を退室してからも、生徒たちの話題は、やはり高校の話で持ちきりだった。

 朋美の席は、まことの席と隣ではないが、ちょうど同じ列の後ろにある。

「どうしようかしら…進路希望調査」
 まったく考えていなかったというわけではないが、朋美は迷っていた。

 パンフレットには、私立の高校も公立の高校もよりどりみどり。他の女子生徒のように制服のデザインで選ぼうか、それとも、校風で選ぼうか…。とにかく、迷わずにはいられない。

「まことくん、まことくんは、どこの高校に行くの?」
 朋美は、とりあえず後ろのまことに話を振った。理由は、ただ高校選びに迷ったからというだけではなく、もちろん、まことと同じ高校に行ければ…という思いもある。

 周囲が高校受験で慌ただしい中、まことは本当に相変わらず、やる気を見せようとはしていない。しかし、少しだけ、いつもとは違っていた。
「それがさー。親父がここの高校に行けってうるさいんだよー」
 そうボヤいて、まことは朋美にパンフレットの1ページを見せる。

 そのページを見た朋美は、目の色を変えて驚いた。それは、都内でも指折りの公立高校だったからだった。
「えっ!ここの高校、都内ではナンバーワンなのよ!?」
「そうなんだよ…。公立だし、『そろそろ楽をさせてくれ』っていうことらしいんだよ」
「まことくん…」
 朋美は当然、心配をせずにはいられなかった。いつものまことの調子では、朋美と同じ高校に行くどころか、浪人になりかねない。

「まことくんはそのことについて何も言わなかったの?おじさんに」
「言ったことは言ったんだけど、ほとんど有無を言わせないんだよ。今回ばっかりは」
「まことくん…」
「そういう事情でさあ、昨日親父が塾に電話をして、今日から行くことになってるんだよ…。しかも、ゲームも漫画も小遣いも全部取り上げられちまったんだぁ…」
 まことは、もうこの世の終わりという感じの顔をしている。
「まことくんのお父さん、相当な気合いの入れようね…」
 まことの父の気持ちもわからなくはなかった朋美だが、やはりかなり厳しいのではないか、という気持ちだった。

 朋美は、もう一度ページを眺めた。

 公立で、服装も自由…。それに全体的な雰囲気も清潔な感じで、とても印象がよい。

「ここなら、お父さんも許してくれるかも…」
「トモちゃんも、ここの高校受けるの?」
 急にまことは、嬉しそうに朋美の顔を見た。
「う、うん…。そうしようかしら…」
「よっしゃぁ!トモちゃんが一緒なら心強いぜ!」
 急に元気になったまことを見て、朋美は嬉しくなった。


「ねえお母さん、あたし、ここの高校受けようと思うの」
 その日、家に帰った朋美は、母にパンフレットを見せた。

「ふうん。いいじゃない?お母さんは反対しないわ」
 朋美が予想したとおり、母の意見は好意的であった。
「お父さんは、なんて言うのかしら…」
「うーん…。それはお母さんにもわからないわ。でも、朋美が本当にここの高校に行きたいんなら、お父さんも『行くな』とは言わないと思うわよ」
 母はそうフォローしてくれたものの、『どうしてここの高校に行きたいのか』と聞かれた時のことを考えると、朋美は不安になった。

「ところで朋美、どうしてここの高校に行きたいの?」
「えっ!…それは…」
 聞かれたくない質問を言われてしまい、朋美は戸惑う。さすがに、「好きな男の子と同じ高校に行きたい」とは、恥ずかしくてとても口にはできなかった。
「言いたくないなら、いいわ。お母さんは応援するわよ」
「ありがとう。お母さん」
 心の内を読まれてしまったかもしれないと思い、朋美は不安になったが、とりあえずは安心した。

 その後、朋美はまことと、近所のハンバーガーショップで落ち合った。
「トモちゃんのおふくろさん、許してくれてよかったな」
「そうね。でも、お父さんがなんて言うかわからないのよ」
「そうか…それが問題なんだよな…」
 珍しく、まことは落胆している。いち早く父から答えを聞いて、朋美はまことを安心させてあげたかった。

 まことはふと、壁の時計に目をやった。
「あっ、いけねえ。もうこんな時間だ。ごめんねトモちゃん。オレ、塾に行く時間になっちゃったよ。また明日ね」
「いいわまことくん。あたしももう帰るから…」
 急いでハンバーガーを食べ終えた2人は、店を出た。

「頑張ってね。あたし、まことくんのこと、応援してるから」
「ありがとうトモちゃん。じゃあね」
 まことは手を振り、走って行った。
「じゃあ…」
 力なく、朋美も手を振った。

「ただいま…」

 その足で帰宅した朋美を待っていたのは、母からの嬉しい知らせであった。

「えっ、本当に!?」
 朋美がまことと出かけている間に、動物園にいる朋美の父から電話があり、いい返事をくれたとのことだった。

「公立の高校だったら、別に反対はしないそうよ。よかったわね」
 朋美は耳を疑い、母に詰め寄った。
「ほっ、本当にいいの!?お母さん!」
「いいって言ってるでしょ。ごはんの用意ができてるわよ」
 優しい口調で言い、母はキッチンへ入って行った。

「ふぅ…よかったぁ…」
 朋美は胸を撫で下ろして、その場に座り込んだ。

 塾の授業も終わった8時頃、朋美は、まことに電話をかけた。まことは、塾で勉強していたために、声からも疲れている感じが読み取れていた。

 ところが、朋美の嬉しい知らせを聞いて、途端に疲れた様子は吹き飛んでいた。
「えっ!本当かよ!?」
「本当よ。公立の高校なら反対はしないって」
「トモちゃんが一緒なら心強いよ。お互い頑張ろうね」
「うん…。ところでまことくん、塾はどうだったの?」
「それがさ、初日から先生に怒られちゃって、もうコリゴリだよ…」
 先ほどまでの態度から、まことは急にしょぼくれた態度になった。
「ふふふ。まことくんらしいわ」

「それでお願いなんだけど、明日から塾の勉強が終わったら、うちに来てくれないか?」
 まことの急なお願いに、朋美は戸惑った。
「ど、どうして?」
「塾で先生に怒られたことを話したら、親父も姉貴たちもあきれちゃってさ、『塾でもわからないことはトモちゃんに教えてもらいなさい』だって」
 それは、まことの両親の信頼を得ているといういい証拠だった。朋美は、がぜんやる気になった。
「まことくん…。いいわ。わからないことは、何でもあたしに聞いて!」
「ありがとうトモちゃん。頼りにしてるよ。それじゃあ、おやすみ」
「うん。おやすみなさい」
 朋美は静かに電話を切った。

「明日からまことくんとお勉強か…ウフフ!」
 毎日の楽しみが1つ増え、朋美は上機嫌で階段を上がっていった。


 それから数週間が過ぎ、まことの誕生日がやって来た。

 プレゼントの袋を持って、朋美はまことの家へ訪れた。
「まことくん、誕生日おめでとう」
 朋美は、まことにプレゼントを手渡した。
「トモちゃん、ありがとう。開けてみてもいい?」
「どうぞ」
「何が入ってるのかな…?」
 袋を開けてみると、中から出てきたのは手作りのお守り。“合格祈願”と書かれている。

「わぁ〜…。これ、トモちゃんが作ったの?」
「そうよ。気に入ってくれた?」
「もちろんだよ〜。トモちゃんが作ってくれたお守りなら、そこら辺の神社で買うよりよっぽど効きそうな気がするよ」
「そんなに喜んでくれて、あたし、とっても嬉しいわ」
 言葉にして表せないほど、朋美は幸せだった。

 その次の日。朋美はまことの家まで迎えに来た。

 また少し寝坊したらしく、ようやくまことが出てきたのは、朋美が来て10分以上も経った後だった。
「ごめんごめん。待った?」
「ううん。気にしないで」

 ふとまことの肩掛けカバンを見た朋美は、昨日プレゼントしたお守りがつけられていることに気が付いた。
「付けてくれたんだ!昨日のお守り」
「えへへ。これで合格、間違いなしだな」
「まことくんったら…」
 2人は、笑いながら歩いて行った。


 その日の夜。夕食を終えた朋美は、塾の授業が終わる頃を見計らって、まことを迎えに来た。

 まことの家へ向かう二人。まことは落ち込んで、元気がない。
「どうだったの?塾の授業」
「難しすぎて、てんでダメなんだよ…。はぁ…」
 やる気なく、まことはうな垂れた。
「大丈夫よ。わからないところは全部教えてあげるわ」
 まことのためになら…と思い、朋美には、精一杯尽くすという覚悟ができていた。
「はぁ〜…。本当にトモちゃんだけが頼りだよぉ…」

「お帰り、まこと。いらっしゃい。トモちゃん」
 やって来た二人を待っていたのは、まことの父だった。
「ただいま」
 父の顔を見るなり、まことの表情が変わったことに、朋美は気づいていた。
「こんばんは」
 少々ぶっきらぼうなまこととは対照的に、朋美は、丁寧にまことの父に頭を下げた。

 朋美はまことの分まで靴を揃え、玄関に上がった。
「手がかかる奴だけど、よろしくね」
「いいえ。そんなことないですよ」
 朋美は笑いながら軽く流したが、いつになくまことは不機嫌になった。
「親父!トモちゃんに余計なこと言うなよ」
 まことが父に不機嫌な態度をとる理由はわからないが、朋美は2人の間の重い空気に耐えられない。
「まあまあ、まことくん…。それでは、おじゃまします」
「ごゆっくりどうぞ」
 まことを抑えて、朋美は2階へ上がっていった。

 朋美は、ゆっくりと音を立てないようにドアを閉めた。
「適当に座っていいよ」
 まことの機嫌は変わっていないようだが、朋美には優しく声をかけた。
「う、うん。ありがとう」
 まことのベッドの上に腰をかけた朋美は、少し不安げに口を開いた。
「どうしたの?まことくん。おじさんと何かあったの?」
 まことは溜息をつき、机の椅子にドカッと座った。
「まことくん…」
 朋美は本当に心配していたのだが、まことは先ほどとはうって変わって、いつものようにひょうひょうとした態度に戻っていた。
「何でもないよ。さあ、勉強やろうぜ」
「そ、そうね…」
 まことくん、おじさんと何かあったのかしら…。朋美は不安ながらも、ベッドを立ち上がった。


 6月の修学旅行も終わり、季節はもう7月。生徒たちは、明日から夏休みを迎えようとしていた。

 終業式の帰り道。朋美からまことを誘い、帰りにアイスクリームを食べに行こうと約束した。
「まことくん、通知表はどうだった?」
 歩きながら、朋美はまことに通知表の話題を振る。
「全然ダメ。でも、2年の時に比べて数学と国語が上がったんだ。トモちゃんのおかげだよ」
「すごいじゃない!おじさんに見せたら絶対に喜ぶわよ!」
 嬉しさのあまり、思わず興奮してしまった朋美。しかしまことは、「おじさん」と聞くなり、急におとなしくなってしまった。少し心配になり、朋美はそっと声をかけた。
「まことくん?」

 少し間を置いたが、まことはいつもの態度に戻っていた。
「いいなあ、トモちゃんは。塾になんて行かなくても高校行けるだけの頭があるんだもんなぁ〜」
「まことくんだってやればできるんだから。頑張って!」
「うん!オレ頑張るよ!ねえそれよりもさ、いくつおごってくれるの?」
「まことくんったら…ふふふ」
 何はともあれまことがいつもの調子に戻り、朋美は安心した。




2009/10/13






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