その日は学校が終わり、エリは内木の家で二人で宿題をしていた。
「ここはね、こうして…」
「うん、うん」
わからないところを内木に教えてもらいながら、エリの宿題は順調に進んでいた。
勉強に集中しながらも、こうして内木の部屋で二人っきりで過ごすことが出来て、エリは内心では幸せいっぱいだった。
しかしそんなとき、内木の母が急にドアを開けて現れた。
「翔ー、悪いけどお使いに行ってきてくれなーい? お醤油が無くなっちゃったのよ」
「だめだよ。エリちゃん来てるんだから」
「悪いけどお母さん、今手が離せないのよ。ごめんねエリちゃん。良かったら、晩ごはんうちで食べていってね。お母さんにはおばさんから連絡しておくわ」
「それなら仕方ないわ。内木さん、あたしなら待ってるから大丈夫よ」
手が離せないからとはいえ、さすがにエリが来ているのにお使いで家を空けるわけにはいかないと内木は思っていたのだが、エリも了承してくれているのだから…と内心では気乗りしないものの引き受けることにした。
「じゃあごめんねエリちゃん、僕ちょっと行ってくるね」
「うん。行ってらっしゃい」
「エリちゃん、あとでおやつでも持っていくわね」
「おばさん、ありがとうございます」
内木と内木の母は、ドアを静かに閉めて出て行ってしまった。
「さーて、わからないとこは教えてもらったし、宿題を早く済ませて内木さんをびっくりさせちゃうわ」
張り切って、エリは再びノートに向かって鉛筆を走らせた。
スーパーで醤油を購入した内木は、そのまままっすぐ自宅へ帰ろうと急いでいた。
すると、曲がり角で誰かとぶつかりそうになった。
「わあっ、すみま…」
咄嗟に慌てて謝ろうとした内木だったが、相手の顔を見て一気に顔が青ざめた。その相手は大江山とコマサだったのだ。
「よう、内木。ちょうどいいところに現れたじゃねえか。野球付き合えよ」
「そんな困るよ。僕早く家に帰らないといけないから…」
「付き合いの悪い奴だな。来いって言ったら来いよ」
「わ、わわっ、やめてよ…」
大江山は内木の話も全く聞こうとせず、強引に内木の腕を引っ張って連れて行ってしまった。
「よし、終わった、と」
一方その頃、エリはなんとか宿題を終えて一息ついていたところであった。
「ふふっ。内木さん、あたしが一人で宿題出来たって誉めてくれるかな」
そうほくそ笑みながら、エリはふと時計を見る。内木が家を出てから、すでに30分以上は経過していた。
「内木さん、遅いなあ…」
早く内木にノートを見せたいのになあ、とエリは軽くため息をついた。
やっと野球が終わり、内木は大江山たちから解放されたが、すでに日は落ちてカラスの鳴き声があちこちから聞こえている頃になっていた。
「はあ…急いで帰らないと。エリちゃん、怒ってないかな。大丈夫かな…」
今の内木にとっては何よりも、エリのことが気がかりで仕方がなかった。こんなに待たせてしまって、寂しい思いをさせてしまっていないだろうか。それとも、道草を食っていたのかと怒っているのではないだろうか…。
早く、早くと思いながら、自宅へと向かって走っていた。
精一杯に走って、やっとの思いでようやく自宅に到着した。しかし空が暗くなってきているのにもかかわらず、部屋の電気がついていないのが気になった。
「エリちゃん、怒って帰っちゃったのかな…」
ただいま、とドアを勢い良く開けて靴を揃えず脱ぎ捨てると、まずは台所へ向かった。
「お帰り。遅かったじゃない。どこで寄り道していたの?」
「ごめん、急いでるから」
醤油の入った買い物かごを置いて、母親の言葉も聞かずに大急ぎで二階へ向かう。駆け足で階段を上り、勢いよく自室のドアを開けた。
「エリちゃん!」
返事はなかった。ふと視線を落とすと、テーブルに突っ伏して眠っているエリの姿があった。
こんなに待たせてしまったのに、エリはちゃんと待っていてくれたのか…そう思うと、内木はものすごく申し訳ない気持ちになった。
「ごめんねエリちゃん。ありがとう、待っていてくれて」
そう呟くと、エリの背後からそっとブランケットをかけてあげた。
ふと机の上を見ると、エリのノートはしっかりと書き込まれていて、宿題を頑張って済ませることができたことが伝わってくる。
「エリちゃん、偉いよ。宿題ちゃんと出来たね」
心なしか、内木はエリがどこか嬉しそうな顔をしているような気がしていたのだった。
2025/2/15